打ち上げ

1984年の1月23日、宇宙開発事業団が日本初の実用放送衛星「ゆり2号a」を打ち上げている。

日本の宇宙開発は東京大学生産技術研究所の糸川研究班(後の文部省宇宙科学研究所)によって始められ、固体燃料のカッパロケットによる大気観測で大きな成果を収めていた。一方で、科学目的以外の人工衛星及びロケットの開発を担うことを目的とし、1962年(昭和37年)4月に科学技術庁内に研究調整局航空宇宙課を、1963年(昭和38年)4月に航空宇宙課内に宇宙開発室を、1964年(昭和39年)7月にこれを発展的解消して科学技術庁宇宙開発推進本部を設置した。発足時の人数は23名で、五代富文などごく一部の例外をのぞけばロケット開発を専門とする技術者はいなかった。[