アルフレート・フォン・シュリーフェン

1905年に仮想敵国ロシア帝国とフランスに対する作戦計画「シュリーフェン・プラン」を考案した。この計画は大モルトケやヴァルダーゼーの基本計画を具体化したものであった。露仏両国との二正面戦争を避けるため、開戦後全力を挙げて短期間でのフランス攻略を目指し、次いで鉄道輸送を駆使して部隊を東に輸送して残る敵ロシアを攻撃するという計画であった。この計画を実現するため、シュリーフェン以後のドイツ軍は移動可能な重砲の配備や、輸送部隊を中心とする兵站の充実に力を入れた。

この計画は第一次世界大戦冒頭に改変された形で実行されるが、シュリーフェンの計画とは異なりドイツ軍の進撃はマルヌの戦いで頓挫し、以後はシュリーフェンの想定しなかった塹壕戦・総力戦に移行することになる。シュリーフェンは軍司令官というよりも作戦理論家の性格が強かった。