鉄道院

日本の鉄道の所管官庁は1871年(新橋 – 横浜間鉄道開業の前年)に設置された工部省鉄道寮(のち工部省鉄道局)が最初である。1885年に工部省が廃止されると鉄道局は内閣の直属となった。1890年には内務省外局の鉄道庁に改組されたが、1892年には逓信省外局に変わり、その翌年には内局化され逓信省鉄道局となった。さらに同局の現業部門が1897年に逓信省外局の鉄道作業局(1907年に帝国鉄道庁に改組)に分離され、鉄道局は監督行政のみを受け持つことになった。

相次ぐ鉄道行政の所管変更、監督組織と現業組織の分離による混乱は、鉄道国有化問題をきっかけに社会問題となった。このため政府は1908年12月5日、鉄道局と帝国鉄道庁を統合した内閣鉄道院を新設し、再び内閣の直属機関とした。

初代総裁は後藤新平であり、その下に総裁官房と総務・運輸・建設・計理の4部と鉄道調査所が置かれた。北海道(北海道および青函航路所管・札幌)、東部(東北線所管・上野)、中部(東海道線および中央線所管・新橋)、西部(山陽線・四国および関門・関釜航路所管、神戸)、九州(九州所管・門司)に鉄道管理局が設置され、各地の運輸事務所と保線事務所(その後一時廃止され1913年復活)、工場などを統括した。このほか関東庁および拓殖局とともに南満州鉄道(満鉄)の監督権も所管し、同社の鉄道事業に関して監督した。